第9回高校生国際シンポジウム

岡本尚也 氏は、鹿児島で毎年開催される「高校生国際シンポジウム」を主催する一般社団法人Glocal Academyの代表を務めています。このシンポジウムは、高校生の課題研究・探究活動を発表する場として2016年から開催され、2024年には32都道府県97校から応募があり、参加者は1700名と過去最多となりました。岡本先生が鹿児島での取り組みに至るまでの経緯、今の探究学習の問題および地方での教育改革に対する考え方についてお聞きしました。

 (インタビュアー:学校広報ソーシャルメディア活用勉強会(GKB48)事務局長 山下研一、取材日:2023年9月19日、文:松永ゆう)

山下 岡本先生が代表を務める一般社団法人Glocal Academyでは、高校での探究学習や研究の成果を発表するシンポジウムを毎年、鹿児島で開催されていますが、まずは岡本先生がこの取り組みをされるに至るまでの経緯を教えていただけますか。

写真1 Glocal Academy 代表 岡本尚也 氏

岡本 私は高校まで鹿児島で過ごし、その後、慶応義塾大学からは物性物理学を専攻しました。大学時代は物理学に夢中になり、大学4年生のときの、齊藤英治先生との出会いが人生の転機となりました。
今でも鮮明に覚えていますが、研究室で私がある論文の内容を紹介した際、齊藤先生から「忠実に説明しているだけで、自分の言葉で理解して説明していない」と指摘されました。与えられた問題を解くのには十分ですが、研究にあたっては不十分だということです。
 研究室で行っていた実験科学では、理論を学びながらも実際に手を動かします。試行錯誤をとにかく繰り返して自然現象を観察し、そこからきちんとした理論を構築するというアプローチは、小さい頃の夢中になった泥団子づくりの感覚によく似ていました。齊藤研究室での経験は、私に物理学の奥深さと面白さを教えてくれ、物理学をできるところまで極めてみようと思いました。そして修士課程を終える頃、留学の機会が目の前に現れました。

ケンブリッジ大学への留学

岡本 当時の日本の大学も大変レベルが高かったのですが、海外で多様な価値観に触れることの重要性を感じ、ケンブリッジ大学へ行くことにしました。齊藤研究室が当時から世界最高峰だったので、ケンブリッジの研究室のレベルは高くは感じませんでした。しかし150カ国から学生が集まり、共同生活を楽しめるカレッジ制度は非常に魅力的でした。
 この頃も物理学において世界最高峰の研究を行いたいと思う一方、ケンブリッジで多様な価値観に触れ、大学在学中から考えていた人材や組織の育成の重要性を改めて実感しました。そこでの経験から、人が育つことがシステムや制度を超えて重要であると感じるようになりました。特に、在籍中にNature Materialsに論文が掲載されたことは大きな成果でしたが、やはり人材や組織の育成に関わろうと強く思いました。

オックスフォード大学で「教育」を研究する

岡本 私には3人の恩師がいます。先ほどの齊藤先生と、公益財団法人船井情報科学振興財団 副理事長の益田隆司先生、そして苅谷剛彦先生です。益田先生は東京大学の元理学部長であり、奨学金を通じてお世話になりながら、教育に関する研究の話を進める中で、苅谷先生を紹介されました。

山下 苅谷先生もイギリスにいらしたのですね。

岡本 はい。ケンブリッジには「十色会」という日本語を用いた学術交流会があるのですが、そこに、苅谷先生をお招きしたことをきっかけに、苅谷先生からオックスフォードの研究所で学ぶことを提案されました。そこでケンブリッジの博士課程修了後、オックスフォードの修士課程で1年間学ぶことにしました。
 興味深かったのは、苅谷先生が教育学者ではなく社会学者という点です。語弊が生じるかもしれませんが、私は、教育学そのものは普遍性を持たないと考えています。つまり、同じ教育を異なる地域や状況で実施しても、結果は全く異なるものになりますよね。ですから教育理念ではなくて、社会学を通した教育を見た時に、今まで自分が抱えていた問題意識ともつながったわけです。
 私がもともと住んでいた鹿児島では多様な価値観に触れる機会が少なく、加えて女子の四大進学率が47都道府県で最下位という現状もありました。これらの現状の理由は、教育学だけではなく、社会学であれば説明ができます。つまり、教育の前提となる鹿児島の社会経済的地位(Socio-economic Status:SES)、それを背景とした価値観に要因があり、そこを疑わないと教育自体が変わらないと考えました。

教育改革の拠点としての鹿児島

山下 イギリス留学の後、どうして鹿児島を活動の拠点に選んだのですか。

写真2 GKB48事務局長 山下研一

岡本  教育改革の拠点として鹿児島を選んだのは、色々とあるのですが、鹿児島のような地方都市で変化する兆しが見えれば、他の地域でも同様の取り組みが可能だと考えたからです。仮に東京で取り組みが成功しても大きなインパクトはありません。もちろん鹿児島は食事も美味しく、温泉もあり、交通も整備されていますし、ネットもありますので、生活する上でのデメリットはほとんど感じません。
 私はいま、鹿児島市の教育委員という立場でもありますが、若者を県内に留めようとする教育には違和感を覚えています。自己実現の場として地方に価値を見出し、挑戦的な姿勢で取り組む人々が増えることが重要であって、そうした形で地方創生という課題を解決するべきだと考えています。私自身、鹿児島に戻ったのは、郷土愛というより成し遂げたい仕事があるからです。

高校生国際シンポジウムと探究学習の意義

山下 最近は、高校生の探究発表のコンテストの開催も増えてきました。Glocal Academyで主催している、鹿児島での高校生国際シンポジウムはどのような特徴がありますか。

岡本 本シンポジウムは、全国の高校生を対象とした、課題研究、探究活動の発表会および審査会です。このシンポジウムは2015年からスタートし、文部科学大臣賞の授与などが可能な、日本が誇る大会に成長しました。(詳細
 テーマは人文社会学の研究から自然科学や数学、ビジネスの分野までの幅広くカバーしており、例年、書類の選考(1月)を経て、2月、選ばれた生徒がスライド部門またはポスター部門にて発表します。この発表者から審査の上、グランプリを決定し、文部科学大臣賞の授与を行います。 またオックスフォードや東京大学の教員世界銀行の副総裁など、鹿児島や日本ではなかなか出会えないような著名な方々も招待した、基調講演やパネルディスカッション、研修会、参加者対象の交流会、進路に関する座談会なども実施しています。シンポジウムには高校生や高校の先生1500人以上が集まります。

山下 シンポジウムを通して、どのような効果を期待していますか?

岡本 シンポジウムでは、子どもたちにとってのロールモデルやきっかけとなる場を提供することが大切です。多くの高校生が持つキャリア観は限られており、知っている職業も少ないため、シンポジウムを通して、イレギュラーな道を選ぶことの意義を示す機会を提供しています。実際、私が関わった生徒たちは、シンポジウムの参加がきっかけとなり、いわゆる既存の進路選択から飛び出しています。例えば、私の高校の後輩はニューヨークの大学に進学しました。東京大学に進学したある生徒は、卒業後はデザイナーになるそうです。また、日本全国から集まった優れた研究を行う生徒たちや著名な先生方が交流する機会も大変貴重です。特に鹿児島県の高校生には、この機会を利用して積極的に交流を行ってほしいと願っています。

第9回高校生国際シンポジウム
写真3 第9回高校生国際シンポジウム(2024年2月21日・22日開催)

本質的な「探究」とは

山下 新学習指導要領で、高校で「総合的な探究の時間」が必修となりましたが、高校によって取り組み方には大きな差があると聞いています。

岡本 まず、小学校・中学校が行っている「総合的な学習の時間」と高校で行う「総合的な探究の時間」では全く学ぶ内容が異なります。「総合的な学習の時間」は、課題を解決することで知識や技能を習得し、自己の生き方を学んでいくものですが、「探究」では、自分の在り方や生き方にかかわる課題を見つけ、深めることが重要です。例えば鹿児島で、地元の農畜産業をテーマに提案する高校生がいても、その生徒が実際には都会で働きたいと思っているなら、それは本質的な探究とはいえません。

山下  単に地域の課題解決をテーマにしただけでは「探究」にならないのですね。

岡本  はい。「探究」の本質とは、自分が興味深いと感じるものに焦点を当てることです。例えば、第8回グランプリ(2023年2月開催)はザリガニの胃石に関する研究でした。(写真4)。多くの人が誤解していますが、「探究」のテーマ選びは、自分が本当にやりたいことに直面しなくてはいけません。社会貢献や地域社会の課題といったテーマも重要ですが、それによって探究が狭まり、やらされ感が出てしまうと、深い研究にはつながりません。生徒たちには、自分の興味を追求し、それを発表する機会を持ってほしいと思います。
 探究学習を含め、生き方や在り方について考えることは非常に重要なトピックなのに、学校はその機会を与えないまま、単に勉強だけさせようとしているように思います。物理や数学の基礎知識は重要ですが、それだけではキャリアを形成できない時代ですよね。SNSの発展により多様な価値観が交錯する中で、子どもたちは自分たちのキャリアを自ら考え、進んでいく力を身に付けなければなりません。そのための「探究」なんです。

写真4 第8回高校生国際シンポジウムのプログラムより論文「カルシウムがザリガニに与える影響」(佼成学園高等学校 藤山慶人)

探究の指導はどうあるべきか

山下 そうした探究学習は、かなり手間と時間がかかりそうですし、うまく指導するには、高校の先生に、他の教科の授業とは異なるノウハウやスキルが必要とされそうです。

岡本 もちろん教員は生徒をよく見ないといけませんが、自分たちだけで全てを解決しようとせず、外部と連携して解決策を見つけることも大切です。また、教員の育成過程で適切な方法論や研究方法を学んでいないことが、探究学習が進まない一因だと私は考えます。教員に、探究学習を行うためのスキルとメンタリティが揃っていないのです。そのため、教員の養成や採用過程で、その両立を重視する必要があります。今は文部科学省も「探究」を中心に置くことを推奨していますが、そのためには少なくとも修士レベルの教育が教員に必要だと感じています。
 テーマや学習を深めるスキルがない「探究」というのは、道徳のようなものになりがちで、これでは探究学習の意義は薄れ、教育効果も低くなります。この問題を解決するためには、教員の学び直しが必要ですが、残念ながらシンポジウムへの教員参加は少ないですね。

地方の教育改革とリーダーシップ

山下  地方の教育改革にはどのような課題がありますか。

岡本  教育関係者が外部との協働を避けることは、子どもたちの成長の機会を逸してしまう可能性があります。鹿児島のように行政のリーダーシップが不足していると、現場から変革へのモチベーションが生まれにくいです。熊本では知事が変革を促しており、宮崎でも教育長を中心に新しい取り組みに挑戦しています。鹿児島でも、適切なリーダーシップと知見を持ちながら改善を重ねていく行政と学校現場が必要となります。

山下  具体的にはどのような取り組みが必要ですか。

岡本  たくさんあるので、一部だけお話すると、まず教育行政に経験則ではなく、裏付けとなる実証的な研究が必要で、Evidence-Based Policy Makingの実施。特に、世代をまたいだ再生産は貧困の連鎖にもつながりますので、支援対象の明確化は必要だと思います。「探究」については、教員の育成過程で適切な方法論や研究方法を学ぶことが重要です。また、教育委員や知事、市長がリーダーシップを発揮し、地域の教育リテラシーや質を高めるための予算確保や補助員の増員、教員の負担軽減の明示化、実施が必要です。地元の企業を巻き込み、地域の教育リテラシーを上げていく必要もあります。教員不足や少子化、過疎化が同時に起こっている中でのことなので、スピード感を持って動く必要があります。

山下 あらためて「探究」の授業の奥深さを確認しました。日本の若者のために、今後ますます「高校生国際シンポジウム」が発展していくことをお祈りいたします。本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

プロフィール

岡本尚也(おかもと・なおや)
一般社団法人Glocal Academy 代表理事

鹿児島県生まれ。慶應義塾大学理工学部卒、同理工学研究科修了後、ケンブリッジ大学にて物理学博士号を取得。その後、オックスフォード大学にて日本学修士号を取得。ケンブリッジ大学在学中の研究成果がNature Materials 等、世界トップジャーナルに論文が掲載された。帰国後、2016年より現職、客観的なデータ分析や事例をもとに、最適化された選択や手段を提供し、成長を続ける人や組織の支援を行っている。著書に『課題研究メソッド』(啓林館)など。文部科学省 中央教育審議会臨時委員 (高等学校教育の在り方ワーキンググループ)、東京大学 先端科学技術研究センター客員上級研究員、鹿児島市教育委員、一般社団法人 次世代教育ネットワーキング機構理事。