富士山のふもと、御殿場市の唯一の私立高校である御殿場西高等学校は、地元住民の願いによって約60年前に創立された学校です。2022年4月に校長に就任した勝間田貴宏先生は、地元、御殿場に貢献できる生徒を育成したいと、これからの時代に合った魅力的な学校をつくるための改革を次々と進めています。勝間田校長にインタビューしました。前編・後編に分けてご紹介します。
(インタビュアー:学校広報ソーシャルメディア活用勉強会(GKB48)事務局長 山下研一、取材日:2023年1月23日)
※後編はコチラ
山下 御殿場市で唯一の私立校と聞いていますが、どういう経緯で設立された学校なのですか。
勝間田校長(以下、勝間田) 御殿場市は現在8万人位の人口ですが、60年近く前、ベビーブームだった頃は生徒数が一気に膨れ上がりました。この御殿場地区に住む生徒が地元の高校に入りきれなくて、沼津や三島、あるいは神奈川県の高校に汽車で1、2時間くらいかけてすし詰め状態で通っていたようです。そんな状況のなか、地元住民から「地元の子は地元で学んでもらいたい」という要請が出まして、立ち上がったのが、本校創設者で、私の祖父の勝間田芳麿です。それから約60年経ちましたが「地元の子は地元で」はブレず、ただし時代に合う教育を実践する高校となっています。
山下 60年の歳月の中で人口も大幅に減っていますが、通学エリアはどちらになりますか。
勝間田 通学は市内がやはり多いのですが、シャトルバスで静岡の富士・富士宮方面から、沼津・三島方面、または神奈川県西部、山梨県南部からなどと、通学エリアとしては大変広いと思います。やはり地元のやはり人数が減ってきていますので、どうしてもエリアを広げないと、募集定員の確保が難しくなっています。最近では御殿場市在住の生徒が、沼津・三島の公立校を選ぶというケースも出ているので、より魅力的な学校となるよう意気込んでいます。
また、本校の建学の精神「誠実で、良識と豊かな心を持ち、実行力があり、地域のために貢献できる人材を育成する」には、「地域」という言葉が入っています。本校のあるべきミッションに基づきつつ、新しい伝統を作ろうと学校改革をしています。
積極的に学校視察をした副校長時代
山下 勝間田先生は、校長就任前は何をされていましたか。
勝間田 副校長を4年間していました。その頃から「こんな学校を作りたい」「もっと学校はこうしなければ」という思いを温めていました。とはいうものの、副校長になってあらためて、自分自身に勉強が足りないと気付きました。学校を良くしなくてはならない、自分にもその力を身に付けなければならない、この二つを叶えることを考えた時に、学校の中にだけに留まっていたら、絶対に成長できないと感じました。そこで、今の自分にできることはなんだろうと考えた時、教育関係のFacebookグループや外部研修会で出会った方にご依頼して、積極的に学校視察をさせていただくようになりました。
山下 その行動力はすごいですね。
勝間田 また読書も多くなりました。実はそれがGKB48のことを知るきっかけにもなるのです。「ウチの学校の広報を魅力化するには、どうしたらいいだろう?」と書籍検索をした時に「学校広報ソーシャルメディア活用勉強会」の存在に気が付き、1冊購入して読みました。意外に学校改革の話題も多く、 逆に勉強になると一式購入してしまいました。
山下 ありがとうございます。初めは広報に関心がある人が集まって勉強会を開催しましたが、どうしても学校改革の話まで及び、本にまとめたというわけです。
勝間田 参加させていただいた「探究学習」の勉強会(写真2)でも、登壇者や参加者の方々と具体的な授業の意見交換ができるので、大変勉強になりました。
「生徒指導」を変える
山下 校長に就任されて、真っ先に取り組んだことは何でしたか。
勝間田 最初に変えたのは生徒指導です。本校はずっと生徒指導に力を入れてきた学校で、授業や進路指導よりも生徒指導の存在が大きかったのです。というのは、本校では学校生活上のトラブルのような問題行動が起こりがちでしたが、それをなんとかするのが教員の役割だ、3年間生徒の面倒を見て無事卒業させていくのが御殿場西高校だ、という考えが、大変根強い学校でした。
本校に就任する前、私は東京のある私立高校に勤務していたのですが、 そこはこじんまりした学校で温かさを感じる学校でした。生徒の学習面では決していいことばかりではなかったのですが、生徒を教え込む、抑圧するような指導ではなく、本当の意味で生徒に寄り添う、支援するような姿勢が自然と作られていました。私はそれがとても好きで、そういう教育のあり方が学校だと思っていました。
山下 東京の私学には、そういう雰囲気のある学校が多くありますね。
勝間田 本校では生徒の問題行動を抑えこむための対策のようなルールがありました。たとえば「チェックカード」という生徒指導システムは、生徒が問題のある素行をした場合、教員は生徒にカード(切符)を切るというものです。たとえば教員に暴言を吐くなどです。カードを切られた生徒は、長文の生徒心得を書き写さなくてはなりません。ところが書き写した心得を提出しても切符は生徒の手元から消えず、蓄積していきます。カードの蓄積枚数に応じて停学や退学といった処分となります。私はそれがとても嫌でした。これは教育ではないと、校長就任後にまず、それを廃止しました。
授業が生徒指導につながっていく
勝間田 ちなみに私は本校に来た時から一回も切符を切ったことはありません。カードで生徒指導をするのではなく、日々の授業が生徒指導につながっていくものだと考えています。
教科を学ぶ、教科で学ぶ、学校内の学びを外側に広げながら、たくさんの外部の大人-企業、行政、卒業生、一般の地域の方などと常につながった中での学びをやる学校になれば、もう生徒指導をしなくてもいい、自然に生徒がよくなる、というのが私の考えです。
しかしこれは今までと正反対な考え方なので、すべての先生方に理解してもらうのには時間がかかりそうです。
山下 地方の学校では、時代の要請としても、いわゆる「生徒指導」はしっかりしてほしいという文化がすごくあったのでしょうね。
勝間田 昔の生徒の気質として、今よりももっと元気のいい子たちがいたようですしね。過去には、厳しい生徒指導に頼らざるを得なかった現実もあったかもしれませんが、今でもそれと同じことをするのはちょっと違うのではと思っています。
生徒が教員の言うことをおとなしく聞くというよりも、生徒自身が、周りの生徒、クラスの人間関係にもっと興味を持つことによって、他者への共感、そして自分自身に興味を持つという自己認識を高め、主体的かつ自律的に行動を決定していく姿勢を身に付けてもらいたいですね。いわゆるSEL(Social and Emotional Learning)です。それこそが本質的な生徒指導だと思います。
そのためには授業を、対話的な学びにする、つまり教えるスタイルから、協働的に学ぶスタイルに変える。同時に生徒たちがいろんな学びや気づき、心揺さぶられるような仕掛けを作るような授業にしたいと考えています。留学先のオーストラリアでは、コンテキストベースの授業設計(注)をしていて、教え込むという授業はほとんどしませんでした。
山下 勝間田先生は大学院で海外留学をされていますが、授業スタイルを変えるということは、先生方がこれまで実際に体験した授業とは違うことにチャレンジすることになります。そのあたりは、先生方の反応はいかがですか?
勝間田 どうしてもまだ教えることに頼りがちですが、 少しずつ変わってきているように思いますね。若手2、3名の教員が中心となって、授業実践の仕方を変えています。教えるスタイルを完全に捨てた先生もいますが、そうした授業は生徒にも評判がいいです。
(注)コンテキストベースの授業設計:教科書の内容を教えるのではなく、教科書で扱われている場面や状況において活用される英語のスキルを学び、ロールプレイなどを通して実践していくもの。
職員室のリニューアルを通じた改革
山下 それが、先生が先日Facebookに書き込んでおられた職員室リニューアルの話につながるのでしょうか。
勝間田 そうですね。これまでの職員室では、教員同士で対話をする場所や、授業を楽しくデザインすることを共有する場がありませんでした。デスクが整然と並び、机に資料が積み重っていて、各先生が目の前のパソコンとにらめっこしていることが多いという職員室では、授業に関する意見交換や教科横断的な話などは生まれにくいですよね。
今、職員室の雰囲気を変えている一角はもともと非常勤の先生の机が同じように並んでいました。そこで先生方と相談しながら、職員室と隣の部屋の壁を壊した上で、非常勤の先生の席を移動してもらいました。そこの空いたスペースの使い方について、先生方が自由に話し合いできる空間にしたいと提案したところ、先生方から様々な意見が出ました。
ネガティブなものもいくつかありましたが、うなずける意見も多くありました。そこで、このままでは何も変わらないと思い、リラックスも対話もできてアイデアを共有でき、さらに生み出すことができるような場として具体的なイメージ案を出したところ、なんと反対する意見がなかったのです。
その後、東京の企業オフィスや大学の視察をさせていただき、よいと思った空間の写真を職員会議で共有し意見を募りました。そうしたやりとりの結果、先の投稿のようになったのです。
勝間田 今は、まだ第2段階ですが、第5段階くらいまでアップデートしていく予定で、完成予定は2月上旬位です。予算の都合ということもありますが。徐々に変わってきているので、先生方も「こんな感じになっていくんだ」と面白がっているようにも見えます。
このプロジェクト名は「ハッピー職員室プロジェクト」といいます。先生方が職員室でハッピーになる、そして各授業・各教室で生徒たちにハッピーを分ける、 ハッピーが伝染していくイメージです。このスペースにある、ヨギボー(アメリカ生まれのビーズクッション。柔軟に形が変わり、体にフィットするソファ)に座りながら、リラックスして仕事をしている先生も出てきました。冗談も言い合う雰囲気も生まれてきています。
山下 先生の授業以外の業務量が多くて嘆く話も耳にします。
勝間田 確かに事務処理は忙しいことがあります。職員室リニューアルと並行してやらなければならないと思っているのが業務の削減です。ICTによる効率化、情報共有を目下進めていますが、全体的に行事も洗い出して、やるべきものだけを残し、浮いた予算で、さらによい教育や職場環境にしていきたいと考えています。
(後編につづきます)
プロフィール
勝間田 貴宏(かつまた たかひろ)
学校法人東駿学園 御殿場西高等学校 校長
1985年静岡県御殿場市生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、オーストラリアのモナッシュ大学大学院に留学し、教育学を専攻。都内私立高等学校での勤務を経て、2016年より御殿場西高等学校教諭、2018年副校長就任、2022年より現職。座右の銘は「泥臭く必死こいてやり切る」。