御殿場市の唯一の私立高校である御殿場西高等学校は、地元住民の願いによって約60年前に創立された学校です。後半では、地域の将来を考えた進路指導、GN-Edtechと銘打つICT活用や新しいグローバル教育の展開について、勝間田校長にインタビューしたものを紹介します。
(インタビュアー:学校広報ソーシャルメディア活用勉強会(GKB48)事務局長 山下研一、取材日:2023年1月23日)
※前編はコチラ
地域の将来を考えた進路指導のあり方
山下 進学や就職の状況はいかがでしょうか。
勝間田 現在の進学実績も十分とは言い切れません。進路指導の考え方についても、感覚が20年間変わっていないような気がします。たとえば特進クラスも国公立受験・現役合格をうたっていますが、 それ自体が目的になっているような感じがしています。
進学クラスにしても、指定校を振り分けたり、その子の学力に合うような偏差値の大学を受験させたりすることが実際の進路指導になってしまっているように思います。むしろ進学実績を上げることを目標に置かない方がよいのかもしれないと思案しています。
山下 かつて、そのような形で進路実績を上げること自体が高校の教育改革の実態だったという例も結構ありました。保護者の希望にも配慮した結果ともいえます。本当に生徒自身の将来を考えて、そこを振り切る高校が出てきたら、素晴らしいと思います。
勝間田 最初にお話しした建学の精神の話(前編参照)にも通じる話ですが、進路指導のあり方を考えるにしても、やはり「地域」がポイントの一つです。 本校としては、この御殿場のまちや、御殿場付近のエリアをいかによくするか、いかに持続可能なものにしていくかにも焦点を当てないとなりません。
卒業生が大学進学してどこかに就職しても最終的には地元に戻ってくる、またはどこかで学んだことをノウハウとして持ち帰り、将来地元で起業してまちを良くするという意識を持てるようなキャリア教育の視点を教育者も持たないとならない。地元の人口減少に歯止めをかけないとなりません。
山下 今、話を聞きながらゾクッとしました。私は鹿児島出身ですが、学校でそういうことを教えてもらったことはありません。その点、御殿場でしたら首都圏も近く、一旦出てまた戻ってくるところまでしっかり絵が描ける可能性は高いですよね。
勝間田 そうですね。ですから今、生徒に強調しているのが卒業後の進路のことです。単なるキャリア教育では不十分で、28~30歳ぐらいの自分を思い描いてもらっています。どんな大人になりたいのか、かつ 御殿場ではこんなふうになっていたい、こんな形で御殿場に貢献していきたいということを目指していこうと伝えるようにしています。そこから逆算して考えた時の高校卒業後の進路は何なのか、それが国公立進学、有名私大に入学することなのかあるいは就職なのかという選択肢を検討していきます。
探究学習を活用して、地域の将来と自分の進路を具体的に考える
勝間田 とはいえ、生徒が自分で自発的にそのような思考で進路選択できるかというと、やはり難しいところがあります。 そこで必要になるのが、探究学習というわけです。
探究学習は、来年から本格的にやっていくのですが、「ゼロイチ」(0から1を生み出す思考力)の育成を考えています。この御殿場市が抱えるような社会課題、たとえば御殿場駅前で以前に比べ元気がない店舗の経営課題を分析して、それをいかに再生する戦略を立てるというような起業教育です。こうしたアントレプレナーシップの視点を高校生のうちに持たせたうえで、卒業後の学びや進路を考えた方が具体的に検討できるのではないかと考えています。
探究学習は一般的な高校ですと「調べ学習」で終わりがちだと聞きます。これでは従来の「総合的な学習」と変わりませんし、地域も学校も良くなりませんので、もう一歩踏み込みたいのです。
昨年(2021年)、私が副校長の時ですが、探究学習に取り組みました(写真1)。御殿場市の青年会議所などの組織と組んで、生徒が共同で探究学習に取り組み、最終ゴールとして、市長に提言を行うことにして、大変盛り上がりました。今後は本校の先生を巻き込みながら、こうした取り組みの継続、または広げることができればと考えています。
ICT活用とグローバル教育
山下 授業で学び、授業で変わるという話がありましたが、貴校で力を入れている教育などがあれば教えてください。
勝間田 これからの時代を見据えて、ICT活用やグローバル教育には力を入れています。
ICTの活用に関しては、GN-EdTech(GIGAスクール構想御殿場西モデル)と銘打って、授業や学内・家庭での学習はもちろん、出欠・成績管理システムや保護者連絡などにも積極的に活用をしています。コロナ禍対策というきっかけもありましたが、2021年度から一人一台パソコン(Chromebook)を導入し、日々の授業はもちろん、家庭学習の在り方も大きく変えました。先ほど申し上げた教員の事務の効率化・働き方改革にもつながります。21世紀型能力の一つである「ICT能力」は御殿場西高校の教育すべての基礎となります。もちろんニーズに応じて、対面での補習授業、探究学習、キャリア教育などの学びのサポートも大切にしており、対面やオンラインのそれぞれのよさを生かして、新しい時代の教育を展開しています。
また、グローバル教育についてはコロナ禍ではオンラインによる国際交流などで限定的になっていましたが、異文化体験や語学学習だけではなく、SDGs的フィールドワークによる探究学習も取り入れるなど新しい海外修学旅行も始めました。ちなみに修学旅行は、複数の国から旅行先を選ぶことができますが、国内旅行のオプションもあえて残しています。
山下 探究学習と修学旅行は絡めやすいかもしれませんね。
勝間田 政府が進めていた英語の4技能を伸ばす取り組みは、当初の予定とは変わってきていますが、個人的にはぜひ進めてほしい教育です。従来の英語教育に慣れた先生方にはイメージが湧きにくいかもしれませんが、これからの社会に生きる生徒には避けて通れない教育です。
生徒の心に寄り添う動物介在教育
勝間田 本校の教育でのもう一つの特色は、犬を使って、動物の介在教育(AAE:Animal Assisted Education)です。生徒のカウンセリングに加え、挨拶運動や休み時間での生徒との交流により、さまざまな悩みを持つ生徒の心に寄り添う役割をしています。
10年前、理事長が自分の家の2頭のラブラトールを連れてきて、子どもたちと触れ合うようになったのがきっかけです。どの生徒でも係わることができますが、やはりメンタル的に弱い子などは犬に触れ合いながら癒されるという効果があり、通常の登校ができるようになったり、卒業後に動物に関係する仕事を選択したりという生徒もいます。
スクールドックは、小学校では事例があるようですが、高校では珍しいようです。まだ教育成果をまとめたものは作っていませんが、そのうち取り組みたいと思っています。
山下 面白そうですね。そうした報告書もぜひ拝見したいです。
今後の計画と展望
山下 最後に今後の計画や展望をお聞かせください。
勝間田 まず、先ほどの職員室の計画(前編参照)に連動する形になりますが、 施設のリニューアルを考えています。コンセプトとしては、生徒の学びを中心にするというのと、先生方のそのウェルビーリングを高めるということです。同時に 対話型の組織を作るための仕掛けを作っていきます。
そうした環境が整ったうえで、先生方の努力や頑張りを正当に客観的なデータに基づき評価する、ポジティブな意味での評価を、もっとしっかりやっていきたいです。それを、先生方のモチベーションアップにつながるような仕組みに整えたいと思っています。
また同時に、生徒の内発的動機付けをいかに行うかも大きな課題です。先ほどお話したように10年後の自分、30歳になった頃のなりたい自分を目指し、かつ御殿場に貢献するイメージを想像できるようになってほしい。そのために、本校の卒業生を含め、多くのキラキラした大人に出会う機会を増やせるよう、年間を通じたプロジェクトを企画したいと考えています。
山下 地元に根付く卒業生が多いことは地方の私学の特色ですね。
勝間田 素晴らしい先輩方に生徒が出会わないのは本当にもったいないです。
また今後、先ほどのグローバル教育、データサイエンスの2つの分野に特化したクラスを立ち上げることを考えています。 データサイエンスを利用した起業やビジネス体験、探究にもつながると思うのです。グローバルな視野と地域の活性化の意識を併せ持つ、いわゆるグローカルな人材育成を目指したいものです。
山下 地域に根ざす人材の教育やウェルビーイングな生き方を基本としていながらも、非常に未来志向の教育やそのための学校改革を進めておられ、感銘を受けました。学校の生徒、先生方を巻き込みながらの、御殿場からの新しい教育実践の発信をこれからも楽しみにしています。
プロフィール
勝間田 貴宏(かつまた たかひろ)
学校法人東駿学園 御殿場西高等学校 校長
1985年静岡県御殿場市生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、オーストラリアのモナッシュ大学大学院に留学し、教育学を専攻。都内私立高等学校での勤務を経て、2016年より御殿場西高等学校教諭、2018年副校長就任、2022年より現職。座右の銘は「泥臭く必死こいてやり切る」。