2023年4月、桐蔭横浜大学は既存の3学部(法学部、医用工学部、スポーツ健康政策学部)で連携し、分野横断型の学位プログラムである現代教養学環を開設します。この新しい取り組みを進めるのは、アクティブラーニング研究の第一人者である溝上慎一理事長、学習理論・学習研究者の森朋子学長を中心とする、教学に精通した強力なマネジメント体制です。桐蔭横浜大学の教学改革について、森朋子学長にインタビューをしました。

(インタビュアー:学校広報ソーシャルメディア活用勉強会(GKB48)事務局長 山下研一、取材日:2022年12月7日)

 

山下 桐蔭学園というと、溝上慎一先生が2018年9月に理事長代理として就任されたのが非常に衝撃的でした。就任直後の、日本記者クラブ主催の記者会見「著者と語る『大学生白書2018 いまの大学教育では学生は変えられない』」 を拝見すると、溝上理事長がなされたいことは、「教育を変えること」だということがよく分かります。そして2022年4月、森先生が学長になられ、大学の教育も変えようとされていることと受け止めています。

森学長(以下、森) 忘れもしない3年前(2019年)、日曜日の朝8時に溝上から電話がかかってきたことに始まります。「学長をやらないか」と。私たちは「桐蔭の学生の学びを変えたい」と真剣に取り組んでいますが、桐蔭での変化がさらに日本の大学全体の変化につながってほしいと考えています。本学は小さな大学で、困難な課題もたくさんありますが、それでもこの思いを遂げるために、私も溝上も今この現場にいます。

桐蔭横浜大学 森朋子 学長
桐蔭横浜大学 森朋子 学長

 

本学の学生はもっと伸びる

山下 大学の教員から学長になられて、いかがですか。

  正直に言うと「こんなはずではなかった」と感じることはありました。ですが、明確に感じたことは、「本学の学生は伸びる」ということです。もしかしたら高校まではいろいろな意味で課題のある生徒だったかもしれませんが、鍛えたら成長すると確信しています。そういう意味で、偏差値が重視される高大接続のあり方の限界を感じます。いわゆる学力と、社会で活躍するための力との相関関係がどこまであるのでしょうか。

山下  貴学では2023年4月から現代教養学環が設置されますが、当然データサイエンスという言葉が中心に来るのではないかと勝手に予想していました。しかし現代教養学環について詳しく調べていくと、データサイエンスという言葉は中心ではありませんでした。

  今、文部科学省は、文系よりいわゆるデジタル人材を増やそうとしていますが、国が進めるべき方向がちょっと違うのではないかと考えています。専門性を持っている人たちを集めて新しいものを作る場合、ファシリテートや議論を進めていく役割が必要で、その役割の人には人文的な素養が求められます。
 現代教養学環については、出口、つまり取得できる資格や想定される就職先について、よく聞かれます。ですが高校生には出口の話ではなく「皆さんが見ている景色のレイヤーを、2段階アップします」という話をします。
 高校生が見る景色だけでキャリアを選択することは、かなり限定的な選択となります。高校でも「この偏差値で行ける大学を受験しなさい」 「あなたの偏差値は50を切っているから、実学の資格取得を目指しなさい」という進路指導をしがちです。それは、人生のキャリアを狭めていることになると思うのです。
 本学に入学すれば、4年間のさまざまな経験を通して、自分の見える景色が変わる、レイヤーが上がることを伝えます。

 

「伸びる」とはどういうことか

山下  溝上先生の2018年の記者会見での話によると、大学生では遅すぎるということを強調しておられますが。

  確かに大学4年間でできることはかなり限られていますので、溝上の研究の通り、中学、高校の変革も必要です。実際に高校のクラスを見ると、大人の手がかかってない生徒が大変多いことも分かります。目立たなかったり、勉強ができないので先生から期待されてなかったり、という生徒が多いのです。そうした生徒に期待をかけることによって、違う側面、たとえば、社会を生き抜く力などが見えてくるのではないかと思うのです。つまり、子どもが「伸びる」「伸びない」に関する調査がまだできていないのではないでしょうか。
 また「伸びる」ということは、全ての能力が伸びるのではなく、言語能力が伸びるのではないかと推測しています。日本語能力ではなくて、言語能力です。自分の経験したことは語れるけれど、経験していないことを想像して語ることができない高校生も多いです。それは訓練によってできるようになるのですが、今は、中学でも高校でもその訓練が十分ではないと感じています。

 

ユニバーシティ・ポリシーの6つの力を鍛える

  言語能力が伸びると思考力も養われます。特に複眼的な思考力というのは、分野横断型の教育で身に付きますので、本学の現代教養学環では、何か一つの専門分野を深めるのではなくて、複眼的なものの見方をしっかりと身に付けることを狙っています。
 本学はこの複眼的思考力を含む、6つの力を「人生と学びの基盤となる力」として定義し、本学を卒業するすべての学生に身に付けてほしい資質・能力を「ユニバーシティ・ポリシー」として掲げています。

 桐蔭横浜大学は、すべての学位プログラムにおいて、深い教養と倫理観を礎とした専門的知識・技能を有し、主体的に社会と関わり、その中で「人生と学びの基盤となる力」を発揮することで、社会の持続可能な発展に貢献し新たな価値を生み出すことができる人材を育成する。

ー 桐蔭横浜大学のユニバーシティ・ポリシー

図1 ユニバーシティ・ポリシーにある「人生と学びの基盤となる力」

 

山下 なるほど、偏差値が高ければよいという価値観に染まっていない学生たちの可能性が貴学にはあるということですね。このユニバーシティ・ポリシーはどのように作ったのですか。

  私が桐蔭学園に来てから2年間は副学長でしたが、小学校の校長も兼任しています。教育改革の一環でまず小学校でスクールポリシー、カリキュラムマップ、アセスメントを作りました。

山下 小さなところで作って実証した上で、そのまま大学に持ってくるという手法ですね。

  これは私たちの研究分野では「デザイン実験」と呼ばれるものです。理論を使ってまず何かを実験をする。やってみて検証し、必要なところは修正する手法です。この検証にはIRが非常に重要となります。

 

大学共通科目「MAST」の構築、そして現代教養学環へ

  そして、このユニバーシティ・ポリシーを具現化するために大学共通科目「MAST」を構築し、2022年にスタートさせました。MASTを通じてすべての学生が「人生と学びの基盤となる力」を標準的に身に付け、それを土台として専門性を積み上げるという教育の仕方です。既存の3学部の学生はMASTを履修した後、それぞれの専門分野に進みますが、「学際的で幅広い学び」「アウトプット力の強化」によって現代社会の課題を解決する力を育てるMASTの教育を4年間に拡張し、深化させるのが現代教養学環です。

山下  MASTが深化した、2023年4月からの現代教養学環での教育の展開が楽しみですね。

図2 大学共通科目「MAST」

 

山下  教育の変革の実践がいくつかの大学で始まっています。最近でいえば桜美林大学の教育探究科学群や、産業能率大学が手掛けてきた高大連携などです。両大学も高校の先生とのコネクションを作ってきているので、大学と高校の連携の形も変わっていく気がしています。
 貴学では、MASTの構築や現代教養学環の動きから始まるでしょうか。小学校から大学、一大学でやったことを今度は全国の大学へ。そこもデザイン実験が応用できるでしょうか。

  本学でやったことが他大学でそのままできるとは思いませんが、うまく吸収して自分の大学に合わせた形で適用させるようなことができれば、案外うまく行く気がしています。

図3 現代教養学環の5つの専門知

プロフィール

森 朋子(もり ともこ)桐蔭横浜大学 学長

大阪大学言語文化研究科博士後期課程修了、博士(言語文化学)。専門は学習研究・学習理論。教育現場の実地調査に基づいて学びのプロセスとその構造を研究し、その知見をもとに教学改革に向け実践的提言を行っている。関西大学教育推進部教授などを経て、2020年桐蔭横浜大学副学長、2022年桐蔭横浜大学学長、教育研究推進機構長、桐蔭学園小学校校長。

文部科学省中央教育審議会臨時委員(大学分科会)、同 学生調査の実施に関する有識者会議委員、同 教育再生加速プログラム委員、東京大学情報学環反転学習社会連携講座フェローなどを兼務。 共著に『アクティブラーニング型授業としての反転授業【理論編】』(共編者、ナカニシヤ出版、2017年)など。