2023年4月、桐蔭横浜大学は既存の3学部(法学部、医用工学部、スポーツ健康政策学部)で連携し、分野横断型の学位プログラムである現代教養学環を開設します。後編では学生が成長する教学改革について、森朋子学長にインタビューをしました。
(インタビュアー:学校広報ソーシャルメディア活用勉強会(GKB48)事務局長 山下研一、取材日:2022年12月7日)
※前編はコチラ
高大接続を意識した入学前教育の取り組み
森学長(以下、森) 本学では年内合格者を対象にした入学前キャリア教育プログラムである「桐蔭プレアド」を実施しています(写真1)。学生同士が仲間作りをし、初年次教育の前倒しをします。この桐蔭プレアドは2年前に始めたのですが、それまで年内に合格した生徒のフォローは手薄になりがちでした。そこを私たちがしっかりとつないでいきます。
山下 2年間やってこられて、入学後の学生たちは違いますか。
森 全然違いますね。本学では、法学部、医用工学部、スポーツ健康政策学部と、専門性が高い縦の学習課程が3本ありますので、それまで学生同士が全然知り合う機会もなかったのです。そこに、共通課程のMASTで横串を通したので、そこにつながる入学前教育になっています。
山下 では入学前は学部関係なく、仲間作りができるということですね。
森 入学前教育の内容もキャリア教育プログラムですので、授業を通して自分を振り返り、現在の自分、将来の自分を考える、ということを行います。本学ではこうした行為をライフキャリアと呼んでいます。人とどうやって関わっていくか、友人がいることでどんなに豊かな大学生活になるかなどを考えていくプログラムになっています。最後には、ポスター発表を行います。入学前教育を受講しなかった学生には、1年生の前期に、同じ授業を設けています。
偏差値で切る教育の問題
山下 私も以前、大学で学生募集を担当していたころ、成績と人数に関する正規分布のグラフ(図1)をよく書いて、高校の先生と話していました。成績が偏差値50前後の生徒のうち、右側の50以上の生徒はよく評価されるけれども、左側の50以下の生徒はあまり評価されません。つまり、偏差値50前後の層の生徒は意外と面白く伸びる可能性があるのですが、ここがあまり注目されていません。
山下 この、偏差値50前後の生徒の層が伸び悩む要因はいくつもあります。たとえば家庭の経済の問題、家庭内の不和や親の離婚で勉強どころではなくなるなどです。でも実は素質がある子も相当いるはずです。
森 偏差値で切るということは、そういう可能性のある生徒も切り捨てる、ということになりますね。今の文部科学省の政策は、どうしてもエリートを伸ばすことが中心ですが、この中間層にも注目して欲しいところです。
青年心理学でも、第一成長期の家庭環境は自分で選べないけど、第二成長期は自分で選べると言われています。もう一度自分が成長する機会は、高校生が自分で選択できます。今見ている景色で満足するのか、 またはもう一回学び直して、変わった景色が見たいのか、その選択が大学進学だと思います。
けっして専門学校を否定するわけではありませんが、自分の幅を広げるためには、当然ながら教養教育が必要です。それも今までのような「どの科目でもアラカルトで選択してください」という教養教育の形ではなく、本学のMASTのように、テーマを絞って鍛えていくような教育が必要です。教育や評価の仕方を変えれば日本の進学率はまだ上がると思います。
山下 それはどういう意味で進学率が上がっていくということなのですか。
森 現在、偏差値の高さが重視されがちですが、偏差値以外の資質・能力が、大学進学に必要な観点になれば、偏差値50周辺のボリュームゾーンの大学進学者が増えるのではないかと考えています。また、偏差値で勝ち抜いてきた子たちだけがエリートではありません。そのボリュームゾーンの学生への教育を徹底すれば、私学が生きる、非常に大きな理由の一つにはなるのではないかとは思います。
山下 ボリュームゾーンの大学進学率が上がり、その層に向けた教育を行うことによって、イノベーションも起きやすくなるということですね。
学生がよい大人と関われる環境をもっと作る
森 学生がよい大人と関われる環境を作ることも、偏差値以外の資質・能力を伸ばすことの重要な要素だと考えています。学生が卒業までに関わるよい大人の数を増やすには、教員だけでは足りないと感じています。1人の学生に複数の大人が関わるというプログラムを作っていくことは、職員の教育への参画にもつながり、教職協働だと思っています。
たとえば、愛媛大学でしているような準正課という考え方が参考になります 。授業のカリキュラムは教員が担当しますが、準正課は職員が担当する教育プログラムで、学生はさまざまなケアを受けることになります。準正課とは、正課と正課外の間という意味です。いわゆる、学生へのピアサポート活動という位置づけです。
山下 なるほど。
森 大学を一つの社会として見立てて、学生が課題解決に取り組むことが準正課であり、職員が責任を持って教育します。 本学の場合、部活動といった正課外では、優秀なアスリートがそろっていて、その監督やコーチには、職員と教員が入り混じっています。このように正課外においてはすでに一部職員も教育に携わっていますが、本学でも職員が教育に携わるための「CANDLE プログラム」(Campus and Career Design and Learning Program)を試行的に始めました。この活動を通してキャンパスに授業や部活だけでなく居場所ができるわけです。
山下 学生にとって居場所は必要ですよね。
森 たとえば、オープンキャンパスでの自主企画や学生生活を盛り上げるようなイベントを学生発信で企画しました。明日(12月8日)に開催するイルミネーションのイベント、桐蔭ウィンターフェスもそうです。
森 本学はこれまで、学生が自主的に企画するイベントがあまりありませんでした。職員にも自分たちが学生の教育にこんなに関わっていいのかという思いがまだあります。これまで学生への教育や指導はするな、と言われてきましたから。でも職員が、大学で働き始める時には学生に直接、係わる仕事をやりたかったはずなのです。
山下 職員の意識を変えるにはSDが必要ですよね。
森 はい、そうです。そのために職員の研修プログラムも用意しています。職員が教育に携わる場合、専門知識ではなくコーチング理論やガバナンスの知識が必要であると考えています。
山下 すると、先ほど森学長が言われたファシリテートができる人材を作るというのは、卒業生の中から職員が出てくるということにもなりますよね。
森 こういうプログラムをやると、大学院に行ってもっと勉強したい、職員として戻ってきたいという一群は出てくると思います。マインドセットや、授業・授業外でアクティブラーニングを活用して、学生を鍛えていきたいですね。
山下 どんな大学でも、意外と研究者になりたいという学生がいるものですよね。
森 そうです。この成績で大学に入ったら、職業はこれしかありませんというのは、日本にとっても可能性を狭めていることになります。海外なら、何歳からでも「医者になる」「アフリカへ行く」ケースが結構あります。日本ではそういうケースはなかなかなくて、子どもたちが将来もこれぐらいだから、自分の人生、見切ってしまおうと考えているようにも見えます。それでは、人生100年時代は、学び続けられないですよね。私は、「あなたたちは、もっと可能性ある」というメッセージを、できるだけ高校生の前に立って直接発していきたいと思っています。
オープンキャンパスより一歩踏み込んだ、プレカレッジという試み
山下 やはり高校での探究活動などは、研究者につなげたいですね。
森 高校での探究活動とは、本学に進学する、しないは別にして、大学教育の魅力を伝えるためにタイアップしていきたいと思っています。本学では桐蔭プレカレという高大連携事業を実施しており、高校生が大学の授業、特にアクティブラーニング形式の授業が体験できる講座を開催しています。
森 今回の講座は東京工業大学副学長、井村順一先生に講師をお願いしました。井村先生は、制御工学が専門で、自動運転での信号機などの交通システム制御の研究をされている方です。ぜひ文系理系問わず取り組めるようテーマを複数用意し、3日間のプログラムを用意しています(図2)。
山下 いや、とても素晴らしい試みですね。こういう講義には、高校生は大学名というより内容への興味で来てくれますよね。実際プログラムを体験するとやはり面白いだろうし、しかも3日間とは、かなり贅沢です。
森 専門知識に関するサポートで東工大の大学院生も来てくれますが、グループのファシリテートは本学の学生が担います。
山下 もう表面的に学びを紹介するだけのオープンキャンパスをやる時代ではないですね。ネットで調べれば大体分かるので、高校生が興味を持つことに関して、どのようにリアルな体験をしたり具体的に学んだりするか、です。アメリカでやっている高校生向けのサマーキャンプを日本でもやったらどうかとずっと思っていますが、従来のオープンキャンパスより一歩踏み込んだ形ですね。
森 私たちが高校生に体験してほしいのは、知識もそうですが、大学での学び方やアクティブラーニングです。
山下 普通高校の教科では実はあまり接点がない、工学部の先生がいらっしゃるのもいいですね。
森 数学や物理などのいわゆる理系科目の学びにしても、すぐれたソフトやアプリが出てくることで、これからの時代に難しい問題を解くことの意味もどんどん変わってくるでしょう。こうしたイベントに、特に文理選択前の生徒たちが参加して刺激を受けてくれることを期待しています。生徒や学生が、面白いことに取り組んで、伸びればいいなと心から願っています。
山下 今の日本の抱える問題を本質から捉えて、独創的なアイディアで挑戦していかれる、貴学の取り組みに大変刺激を受けました。ありがとうございました。
プロフィール
森 朋子(もり ともこ)桐蔭横浜大学 学長
大阪大学言語文化研究科博士後期課程修了、博士(言語文化学)。専門は学習研究・学習理論。教育現場の実地調査に基づいて学びのプロセスとその構造を研究し、その知見をもとに教学改革に向け実践的提言を行っている。関西大学教育推進部教授などを経て、2020年桐蔭横浜大学副学長、2022年桐蔭横浜大学学長、教育研究推進機構長、桐蔭学園小学校校長。
文部科学省中央教育審議会臨時委員(大学分科会)、同 学生調査の実施に関する有識者会議委員、同 教育再生加速プログラム委員、東京大学情報学環反転学習社会連携講座フェローなどを兼務。 共著に『アクティブラーニング型授業としての反転授業【理論編】』(共編者、ナカニシヤ出版、2017年)など。